大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所武生支部 昭和30年(ワ)2号 判決 1956年7月30日

原告

天谷延

被告

月尾弁治

主文

被告は原告に対し、金十一万円と、これに対する昭和三十年一月二十七日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は、全部被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告は、昭和十八年三月、天谷即隆と婚姻したが、昭和二十年三月、夫即隆死亡し、被告が、昭和二十四年七月十四日、原告と訴外吉住俊男との入夫婚姻届を、また、昭和二十五年六月十日、その協議離婚届を、それぞれ所轄役場へ提出したことは、いずれも当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証ないし甲第四号証、乙第一号証ないし第三号証の一、二に証人山内紅子、同片寄八千雄、同天谷武兵衛、および原告本人の各尋問の結果、並に後記措信しない部分を除く証人〓原良彦、同月尾コヒサ、および、被告本人の各尋問の結果を総合すると、

原告は、夫即隆と死別すると、しばらくは、武生市に止まり、天谷家に遺された財産の管理についての方策をめぐらしていたが、この事は一切被告に依頼し、昭和二十五年五月末頃、東京在住の洋裁をしている叔母山内紅子の招きによつて上京し、ここに身を寄せ、洋裁の仕事の手つだいをしていたが、昭和二十六年暮近く、片寄八千雄の媒介で、法政大学出身の当時神奈川県庁労政課に勤務していた〓原良彦との縁談がもちあがり、同年のクリスマスイブの日に見合いもすませ、双方その経歴等も打ちあけた上で、一応結婚承諾の段階に進み、結納、挙式の日取りなどをきめようということにまでなつたのであるが、昭和二十七年一月になつて、突然、〓原から破談の申入れがあり、その理由をただしたところ、原告が吉住俊男と再婚し、まもなく同人と協議離婚している戸籍の記載事実があり、これは経歴の詐称であるとのことであつた。

そこで、原告は、その戸籍謄本を取りよせたところ、それによると、原告は、昭和二十四年七月十四日、吉住俊男との婚姻届を、昭和二十五年六月十日、同人との協議離婚届をしたことになつているが、全くおぼえのないことなので、その旨、右〓原に伝えて思いなおして結婚話を進めるようたのんだが、〓原は、破談の申入れを撤回しなかつたので、この縁談は解消して、その後他からも縁談はなく現在に至つた。

原告は、この吉住との婚姻、離婚のことは、原告が天谷家の遺産の管理を頼んでいた被告のしたことだろと疑いをかけていたものの被告は天谷家の親戚でもあり、また、天谷家の寺や墓の世話までも頼んである間柄のことでもあるので、強くこれに当ることができない義理あいがあることから、何となく、右戸籍記載の誤りを訂正してもらうよう、被告に依頼する一方、東京、日比谷にある家庭裁判所に事情を話して、その取消の方法などを尋ねているうち、昭和二十七年四月初めになつて、ようやく、被告が、原告名義の家屋について、その借家人に対し明渡の訴訟をするために、原告に了解を得ず勝手に、右戸籍のからくりをした事実が明らかになつた、

それで、同年八月、原告は、福井家庭裁判所武生支部へ、婚姻、並に協議離婚無効確認の調停申立をして、同月三十日右無効の審判確定し、ようやくにして、右戸籍の記載は訂正された、

右事実が、それぞれ認められる、この認定に反する部分の、証人〓原良彦、同月尾コヒサ、および被告本人の各尋問の結果は措信しない。

よつて、案ずるに、被告が、原告の知らない間に、原告と他人との婚姻届出、および協議離婚届出をして、その戸籍に登載したことは、原告に対する不法行為であつて、そのために、〓原良彦との縁談が破れたり、戸籍訂正をする必要を生じたり、その他によつて原告の受けた損害は、被告が賠償する義務があるというべきである、

原告本人尋問の結果によると、被告の原告に対する右不法行為による物的損害額は約六万円であることが認められ、その精神的苦痛による損害額は前認定の諸般の事情から金十万円を相当と認める、

進んで、証人月尾コヒサの尋問の結果によつてその成立を認められる乙第四号証、前掲証人天谷武兵衛の尋問の結果によると、被告の前記不法行為につき、原告が、その財産管理を被告に委託する当り、そのためには、原告の身分上の行為をも一任するかのように誤解を招く言葉があつたことが幾分その誘因をなしていることがうかがえる、これを前認定の損害額に斟酌して考える、被告が原告に賠償すべき損害額は、金十一万円を相当と認める、

次に、被告の主張する本件請求権の時効消滅の点について案ずるに、

原告が、本件戸籍不実記載の事実を知つたのは昭和二十七年一月であり、それが被告の行為によるものであることを確認したことは同年四月始め頃であることは前認定のとおりで、原告が本訴を当裁判所に提出したのは、昭和三十年一月十八日で、これが被告に送達されたのは同月二十六日であることは、本件記録上明らかであるから、いまだ消滅時効は完成していないので、被告のこの主張はとらない、

よつて、被告は原告に対し、金十一万円の不法行為による損害の賠償金と、これに対する本訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三十年一月二十七日から支払ずみまでの年五分の割合による民事法定利息相当の遅延損害金を支払う義務があり、この範囲内での原告の本訴請求は理由あるものとして認容し、その余はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を、各適用して、主文のように判決したのである。

(裁判官 伊藤泰蔵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例